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1960年代前半に、斎藤はカンヴァスではなく合板を、絵筆ではなく電動ドリルを用いて画面作りを行い、「ドリル絵画」とも呼ばれる独自の作品シリーズを生み出しました。回転する電動ドリルの刃先の気ままな動きと、それをゆるやかに制御しようとする作家の意志との微妙な兼ね合いが、リズミカルで実に味わい深い点や線を画面にもたらしています。その凹凸ができた表面にローラーやナイフで壁塗りをするように絵具を摺り込んでいくことで、画面に色彩の陰影やぼかしなど独特の奥行や広がりを生じさせています。 日本の現代美術のパイオニア的存在である斎藤義重。従来の絵画、彫刻といった枠組みを超えて、たえず新しい表現を志向したその姿勢は、戦後日本の作家たちに大きな影響をあたえました。
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斎藤は空襲でほとんどの作品を焼失しましたが、1973年の「連続回顧展」を機に、多くのものを再制作しています。この作品もその一つで、もとは「作品」と題して、1938年の展覧会で連作として発表されました。白の地に黒く塗った合板を並べた、きわめてシンプルな構成は、戦前に制作されたことを考えれば、数少ない抽象表現の作例として重要だと言えるでしょう。「トロウッド」は、「さしみのとろみたい」と評されたことに由来するこの連作の通称で、回顧展の際に正式名となりました。 作品が燃えるなか、斎藤は「これ以上のことをやるんだ、過去よさようなら」といった心境だったといいます。それから35年が経ち、写真は残っていたものの、もはや存在しない作品を敢えて再制作した心持ちは、いかなるものだったのでしょうか。