[音声ガイド]
大きな頭に比べて、首元や足は細く、縦長の小舟に対して、いかにもバランスが悪そうです。実際、手に取って床に置いてみると、倒れてしまわないか、いささか不安になるほどです。 さて、今にも沈みそうなこの小舟に乗って、少女はどこに行こうとしているのでしょうか。彼女の視線の先にあるのは、はるかな未来ではなく自らの舳先です。小さなキレツやノミ跡が残る表情は、傷つきやすい孤独な心情を表しているかのようにも見えますし、うつむいた瞳はどこか鋭さを感じさせます。 奈良美智は1980年代末から、小さく、そして弱く見えるものが内に秘める感情を大切に、身近なもので自分のできることから始める、パンク・ロックのDIY精神をもって制作を続けてきました。この作品も捨ててあった木材を用いているそうです。
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画面の下方には「故郷からこんなにも遠く離れて」との文字が書かれています。湾曲した地平の遠くには火のついた小屋が、そして手前には大きく箱型の家のようなものから伸び出るようにひとりの人物像が描かれています。彼あるいは彼女は、片手に長い棒を持ち、その先から小さな炎が出ています。それはちょうど画面右の月と対応しているのか、画面をぐるりと取り囲む暗闇を照らそうとしています。 人物像、家、天体、そして絵筆のような灯(ともしび)、これらは奈良の以降の絵画にも繰り返し描かれるものです。愛知県立芸術大学で学んでいた奈良が、ちょうどドイツのデュッセルドルフに渡ろうとするころに描かれたこの作品は、のちの奈良の作品ともつながりながら、新しい世界に踏み出そうとするときの、不安と勇気をとどめているようです。