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かりそめの小屋のようにも、はたまた天体の半球のようにも見えます。作者のマリオ・メ ルツは「中に入ると居心地がいい」と語りますが、ガラスや鉛、竹、そして輝くネオン管と いったさまざまな素材の組み合わせには、すこしでも触れてしまえば崩れてしまいそうな 緊張感が漂っています。 メルツはこうしたドーム状の作品を北極圏のイヌイットが雪からつくる仮の住居になぞら えて「イグルー」と呼び、20世紀の高度に物質的な社会からひととき隔離されるための境 界線として、数多く手がけました。 ところでこの作品、1988年に来日した作家が名古屋で制作したものです。あらかじめ用意 したものではなく、あちこちから見つけ出してきたありあわせの素材を、即興的に組み合 わせたこのイグルーは、人間と世界とのかかわりについて静かに問いかけています。
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螺旋状の線や文字がほどこされた大きな布が壁に張られ、床には古い新聞紙の束が並べ られています。新聞紙の束のところどころに取り付けられたネオン管の数字は、向かって 左から「1、1、2、3、5...」というように、先行する二つの数の和によって成り 立つ数列になっています。フィボナッチ級数と呼ばれるこの数列に、メルツは単なる数字 の羅列とは異なる「生きた数学」を認め、増殖の記号として作品に取り入れてきました。 絶え間ない変化を暗示する螺旋のイメージや、人類史の記録・蓄積を示す新聞の束など、 メルツは、生物の世界のみならず、人間を取り巻く環境のあらゆる局面に、有機的な連鎖、 増殖の力が見出し得ることを、ここに表明しているのです。