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黒田辰秋のシンプルで力強く、そして使いやすい作品を文学者や芸術家たちは愛でました。彼らは棚や机、火鉢などのほか、文箱や手箱、茶托や盆などを日用品として身近に置き使用しています。持ち手部分に黒田独特の捻りの意匠が施され、木目の美を最大限に生かした紙刀(ペーパーナイフ)も、志賀直哉や武者小路実篤、川端康成ら文人たちに愛用された作品のひとつです。 《黒柿紙刀》は黒漆が木に施されたのではなく、拭漆(ふきうるし)で仕上げられた作品です。「黒柿」とはカキの心材が黒く変化した希少な銘木のことで、硬い反面割れやすく、加工には技術を要する素材と言われます。「最も美しい線は、削り進んでゆく間に一度しか訪れない」と述べた黒田にとって、黒柿も興味深い素材のひとつであったにちがいありません。
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黒田辰秋独特の花のような文様が、大きく刻まれた彫花文椅子。それらに幅が2mちかくある長椅子が加わった存在感のある家具セットです。映画監督、黒澤明が所有する御殿場山荘の室内セットとして制作されました。長椅子の背板に彫られているのは黒澤家の家紋、丸に剣片喰です。黒澤が愛用した彫花文椅子は、存在感と重厚さから「王様の椅子」とも呼ばれました。 黒田が自身の求める造形を家具セットで実現するためには、良質の分厚い真っ直ぐな板材が何枚も必要であり、また黒澤からは納期を定められていました。そこで黒田は岐阜県付知町、現在の中津川市に仕事場を設け、当時、家具制作に用いることが珍しかったナラ材を選択しています。
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楕円がかった蓋の中央から稜線は回転し始め、うねりながら表面を包み込むように下の方へと向かい、やわらかで生き生きとした動きと艶かしい印象を作品に与えています。蓋から生じた16本の稜線(りょうせん)から作品名はつけられました。 粘土のような柔らかい素材ではなく、固い木の塊を削りさらにひねりを加えることで独特の造形が生み出されます。捩(よじ)りやひねりは黒田辰秋作品の特徴の一つと言えるでしょう。幼少期に鉛筆よりも先に小刀を持ち、「わたしの本当の先生は道具」と語る黒田にとって、この特徴の誕生は必然のことだったのかもしれません。
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京都を基盤に活動していた黒田辰秋は、昭和20年代前半、富山県に疎開していた友人・棟方志功を通じて北陸地方から依頼を受け、数多くの作品を制作しました。この手筐もその一つです。黒田は当時の制作活動について「生活物資不足の都会生活に追われるごとく種々な作品を作る」と、自らの作品集の年譜に記しています。 赤や黒の漆塗や木工芸の印象が強い黒田ですが、この頃には色漆を用いた作品がいくつか見られます。やわらかな色の手筐には、雪国に訪れる春の歓びだけでなく、新しい時代を迎えた希望を思わせる大小の蝶が漆で詳細に描かれています。黒田が漆絵を施した作例はあまりなく、とても珍しい1点です。
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緩やかなふくらみを帯びた蓋に、黒田辰秋独特の花のような文様が刻まれた手箱。蓋の中央から四方に広がる稜線と稜線に沿ってうねる曲面からなる造形は、赤漆が施されることでさらに際立ってみえます。黒田作品にしばしば現れる彫華紋は、書物で学んだ中世ヨーロッパの家具の文様を参考に生まれたといいます。 黒漆が塗られた箱の底面には、朱漆で「昭和十六年盛夏 大癡辰秋作之」と記されています。黒田は「工芸の道はひたすら運・鈍・根に尽きる」と、小手先の技に逃げることなく精進し続けました。自ら称した大癡(たいち)は、大愚(たいぐ)ともいいかえられます。華やかな作品の裏にも、制作に対する黒田らしい慎み深くひたむきな姿勢が隠されているのです。