[音声ガイド]
1962年、京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)の助教授だった秋野不矩は、ある日「日本画の先生でインドに行ってくださる方はありませんか」と訊かれ、即座に「私、行きます」と答えたといいます。54歳で大学の客員教授として1年間インドで暮らし、その魅力にすっかり取りつかれた彼女は、その後も何度も訪れ各地を巡ります。インドをテーマにした作品は彼女のライフワークとなりました。 インドでは名所旧跡より、土や人に近い風土や風俗の方に魅かれていた秋野は、日本では珍しい水牛も繰り返し描きました。この作品のように泥水の中で牛が水浴する光景も「半ば水に浸った牛の体形が面白い」と書き残しています。彼女曰く「泥臭く、ゴツゴツした質感を出すため、90歳を超えてもなお力強いタッチで描いた最晩年の作品です。